窓辺の机

窓辺の机から世界を夢想

オフショア・バランシング ― アメリカの外交戦略

はじめに

 ロシアのウクライナ侵攻から1年以上が経過したが、情勢の基本的構図は変わらず、戦争は長期化の様相を呈してきた。

 ただこの戦争で、「冷戦後」というひとつの時代が終わりつつあるようだ。1990年のソ連の崩壊と、アメリカが主導したグローバリゼーションの時代である。この30年は、特に(日本を含めた)「西側」世界にとってはおおむねよき時代であり、テロや地域紛争はあったが、それをのり越えて、自由市場経済と民主主義が行きわたり、世界がより豊かに、そして平和になっていく(はずの)時代だった。

 だが、自由と民主化の拡大は思うように進まず、その先導をつとめた米英が世界から撤退する動き(EU離脱、自国ファースト、中東関与離脱など)が出てくると、ロシアや中国が敗者復活し、西側世界への対抗を露わにし始めた。これを「冷戦の再開」と見なす向きもある。

 だが国際政治のリアリストと呼ばれる人たちは、早くからこのような事態を指摘し、警告してきた。前に取り上げた J・ミアシュマイアーはその一人で、批判されることも多いが、一定の支持をもつひとつの論点を代弁している。
 ここでは彼の論文をさらにさかのぼり、2016年にS. ウォルトと提起した主張を見る。

ジョン・ミアシャイマー & スティーブン・ウォㇽト
「アメリカはグローバルな軍事関与を控えよ― オフショアバランシングで米軍の撤退を」(フォーリンアフェアーズ:2016年7月号)

1.時代背景 

 この論文の背景となる国際情勢の流れを改めて概括する。

 冷戦終了後、国際政治は ”米国一極体制” と呼ばれる時代となる。それへの反発として、2001年に米国同時多発テロが発生。その震源地中東は、湾岸戦争、イラク戦争、アフガン戦争、シリア内戦、イスラム国台頭など、混迷がより深まっていく。アメリカを先頭とする西側世界は、テロとの戦い、自由市場と民主主義の普及をグローバルに展開する。しかし、広がるかに思えた民主化 も、社会や国家の近代化が不十分で、体制が定まらないアラブやアフリカではすぐに行き詰まり、宥和的な関与政策で期待されたロシア、中国、トルコなども、経済力と技術力の進展は、権威主義的政権の強化につながった。新自由主義の市場放任体制で格差が拡大する西側世界では、排外的なポピュリズムも台頭する。国力を回復したロシアや中国は、ナショナリズムを高め、欧米への対抗姿勢を強めていく(クリミア侵攻や南シナ海への進出など)。英米も次第に世界覇権から撤退し、自国回帰の方向に。 (この論文が出た半年後、アメリカはトランプ政権となる。)

2.ミアシュマイアー&ウォルト論文の要旨

 (1)「リベラルな覇権戦略」は間違いだった

 冷戦終了後、アメリカはグローバル・エンゲージメントである「リベラルな覇権」戦略を展開したが、それは失敗だった。すなわち、「アメリカは、グローバルな問題を解決するためだけでなく、国際機関、代議政府、開放的市場、人権の尊重を基盤とする世界秩序を擁護・促進するためにパワーを行使すべきだ」という信念にもとづいて、「民主空間を世界に拡大する」という政策である。
 それによって、アフガニスタンやイラクなど、中東に深く介入し関与したが、ことごとくうまくいかなかった。
 ” 世界の警察官、グローバル・ビレッジの管理人”となって地域を民主化する、 ― そのような十字軍的ミッションで他国のソーシャル・エンジニアリングを企む政策は、その地域のナショナリズムを刺激し、反発やテロなどを招くことになる。
 ”民主化が戦争をなくす(民主主義国は互いに戦争をしない)” という理念も、根拠がない。他国に深く関与し、それまでの政治制度を解体して新しい制度に置き換えれば、必然的に勝者と敗者を作り出し、敗者は銃をとって反対運動を展開することになる。

(2)「オフショア・バランシング戦略」をとるべきである

 この戦略は、民主主義や人権よりも、地域でのパワーバランスを維持するという、リアリストの戦略である。
 アメリカはもともと、東西を二つの大海に囲まれ、南北の国は弱く、資源豊かで広大な土地をもつ、恵まれた地政学的環境を有する国である。このアメリカの西半球での優位と覇権を保持することが、国家の第一目標である。
 陸から離れた(オフショア)世界の地域についての対外政策としては、伝統的な孤立主義でも、また積極的な関与でもない、その間の政策をとることが望ましい。
 すなわち、他国の社会を作り替えようとするのではなく、また平和や人権や大量虐殺阻止のための介入などは慎重に控え、アメリカの優位と安全に影響を与えるような主要地域でのパワーバランスの維持に力を限定し、集中すべきである。

 集中すべき3つの主要地域として、ヨーロッパ、北東アジア、ペルシャ湾岸地域では、覇権国(ロシアや中国のような)の出現を阻止しなければならない。
 その際、覇権国への牽制は、できるだけその地域の対抗国に委ねるべきである(アメリカの保障ににただ乗りをさせないこと)。
 そうして、可能な限り遠くから(オフショア)事態を見守る。そして必要な場合にのみ(地域国だけで対処できなくなったとき)、なるべく後から介入する(二度の世界大戦や冷戦のときアメリカがしたように)。
 そのように、19世紀末から20世紀末まで、アメリカは、オフショア・バランシング戦略で、主要地域でのバランス・オブ・パワーを維持し、自国の安全保障を守ってきたのである。
 主要地域でなかったベトナムへの介入、冷戦終了後のNATOの拡大策、中東への関与政策などは、間違いであった。”主要地域では選択的に軍事プレゼンスを含めた関与をする”という「選択的エンゲージメント」も、「リベラルな覇権」路線に戻り、かえって紛争を拡大させることになる。
 主要地域のうち、ヨーロッパと中東では覇権国台頭の可能性は低いので撤退し、地域に委ね、東アジアでの中国の覇権に注意していくべきだろう。

3.コメント

1.イデオロギー・価値観ではなく、パワーの対立?

 ロシアのウクライナ侵略に対抗するバイデン政権のイデオロギースタンスは、ここで批判されている「リベラルな」戦略といえる。日本も、「国際機関、代議政府、開放的市場、人権の尊重を基盤とする世界秩序を擁護・促進する」ために「権威主義的」な体制(中国もその側)と戦う「西側」世界の一員として、自らを位置付けている。
 しかしミアシュマイアーのようなリアリストは、そのようなイデオロギーや価値によってでははなく、あくまで国家と国家の力の対立・対決、として事態を捉え、戦略を立てるべきだ、というのである。

2.(安保) ”ただ乗り” 論

 ”オフショアでの潜在的覇権国への牽制はできるだけその地域の主要国に委ねるべきだ(安全保障にただ乗りさせない)” という戦略は、日本に対しても、”安保ただ乗り” 批判として、日米関係の底流にずっと潜んでいて、貿易摩擦、米軍への協力と譲歩、武器の購入、防衛費の増額などの圧力となって、現在に至っている。(この論文の直後に誕生したトランプ政権では前面に押し出され、安倍政権がそれに譲歩することとなった。)

3. ヨーロッパと中東では…

 ” ヨーロッパと中東では覇権国台頭の可能性は低いので撤退し、地域に委ね” という見立ては、外れたようである。ヨーロッパではロシアという覇権志向国が牙をむき、撤退を開始した中東では、アメリカや西側のために対抗してくれる国がどんどん離れていきつつある。

4. 「孤立主義」とは

これについては、稿を改めて。