窓辺の机

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ピアソラ賛歌(続) ―『 最後のグレラ』


ギタノート 8


 ピアソラのLa Ultima Grela(最後のグレラ)のギターアレンジ版を練習。
この曲は、たまたま買った Victor Villadangos というひとの ‘Tango Argentino’ というCD(✻1)で聞いて、すっかり好きになっていた曲だ。最近この楽譜をようやく入手した。アレンジは Pepe Ferrer という人。とてもいいアレンジで、私でもなんとか弾けそうなのがうれしい。

 この曲名は英語で ’the Last Woman‘ で、さっぱり意味が分からなかったが、ネットでこの曲についてのいい解説を見つけた。

「グレラとは夜の街で働く水商売の女たちを表すアルゼンチンの俗語。華やかな世界の影で消えて行った 女たちの哀愁を歌った美しい作品です。 ピアソラの歌ものはギターに雰囲気がぴったり合うものが多く、このアレンジももともとギター曲であったかのようにしっくりきています。」(米坂ギター教室)

 これを読み納得。聞いて何となくイメージしていた通りだった。  

 ピアソラはこの曲の歌詞を書いたHoracio Ferrerと盟友だったとのことだが、この曲にはピアソラの音楽の背景や特徴がよく表れている気がする。

 上の記事にあるように、「グレラ」とは、ブエノスアイレスの港町(ボカ地区など)で、荒くれ男たちを相手にひとときの憩いを与えていた女たちとのこと。タンゴはそうした場末の港町から生まれた。ピアソラのほぼ1世代前である。

 そのあとアルゼンチン・タンゴは、「南米のパリ」と呼ばれて発展したブエノスアイレスとともに成長し、さまざまな楽団とともに洗練され、やがて海を逆に渡って本場のパリにまで進出し、貴族的社交界を舞台としたコンチネンタル・タンゴを生むことになる(日本で流行ったのはこちらのタンゴの方だが、パーティ用の軽音楽という感じで、なんだか底がない)。
 南米から欧州へというこの逆流は、かつてヨーロッパで食い詰め、新天地を求めてやってきた移民たちが、血みどろで泥まみれの開拓の歴史の後、栄華を極めたかつての宗本国を見返すような、輝かしい一幕であったろう。

 そのアルゼンチンの栄光にも陰りがさし、タンゴも過去の反復になり始めた頃、ピアソラが現れ、アルゼンチン・タンゴに再び魂を吹き込んだ。彼はヨーロッパのクラシック音楽だけでなく、現代音楽やジャズに学び、パリやニューヨークにも足を運んで前衛的手法を大胆に取り入れた。
 しかしピアソラの音楽の「魂」は、場末の港町に生まれ、そこで踊り歌われていたタンゴであり、それを生んだブエノスアイレスだった。船乗りや牧童や貿易商人がたむろするいかがわしい港町、その相手をする夜の女たち。その女たちと、あるいは相手がいなくて男たち同士で踊られ、歌われたタンゴ。そうした街の熱気がアルゼンチン・タンゴの核であり魂なのだ。「最後の(グレラ)」という言い方に、そうした熱い時代が過ぎ去りつつあることへの寂しさや郷愁が感じられる。

 『ハシント・チクラーナ(✻2) で歌われる、つまらぬ喧嘩で死んだ不良の若者。

 『チキリン・デ・バチン(✻3) で歌われる、酒場でバラを売る貧しい少年。

 世のふき溜まりのような街角で正直に生きる弱い人々がピアソラの音楽の主役でもあり、彼らに向けられる彼のまなざしは優しい。

✻1.  ビラダンゴスのアルバム

  Naxosから出ている彼の ”Tango Argentino” というアルバムは素晴らしい。10人ほどのアルゼンチン・タンゴを代表する人たちのギター・アレンジ曲集である。― 18曲のうち半分がピアソラ。他に特に好きなのが、Eladia Blazqezの Kite-flying Dream(この楽譜が欲しいがみつからない)、Carlos Gardelの2曲、Anibal TroiloのSouth(この楽譜はついに入手)。― このアルバムの楽譜は全部ほしいが、アレンジした人の情報などあまりない。ともかくビラダンゴスの演奏と選曲がいい。1995年に現代ギター社から、この人のアレンジ曲集が出た(いまは絶版だが)。ガルデルの『想いの届く日』のアレンジなどは傑作だ。

✻2ハシント・チクラーナ

 これもビラダンゴスのアルバムに入っている。この楽譜は Luiza さんのアレンジを入手。がんばれば弾けそうだ。各小節が、♩(3拍、3拍、2拍)という、シンコペーション的に割り振られた魅力的なリズムベースで、それが最後まで続く。これに3連符が重なったり、独特のバロック・フーガ的な分散和音が挿入されたりと、見た目よりも弾くのが難しい。独特のリズム、美しいメロディ、予想外の転調(曲の締めの音が突然「ド♯→ド♮」で驚かされる)など、ピアソラの魅力が詰まった(編)曲である。

追記:「リズム♩について」〔2020年12月〕

 4/4拍子の低音部の伴奏が、8分音符で「3:3:2(タタタ、タタタ、タタ」」と割り振られるこのリズムは、音楽理論の素人である私にはよく分からないのだが(どなたか教えていただきたい)、ピアソラで初めて出会った。最初は弾くのに手間取ったが、とても新鮮で魅力的なリズムである。そしてこのリズムは、前にも書いた( S・アサド : アレンジの)『ブエノスアイレスの冬』』『リベルタンゴ』『天使のミロンガ』など、ピアソラの特徴としていろいろな曲で現れることに気づいた。


✻3チキリン・デ・バチン

 これも聞いたら忘れられない美しいメロディ。3拍子(ワルツ)はピアソラでは珍しいとのこと。アレンジ譜はいくつもあるようだが、国松竜次さんのアレンジが好きだ(ピアソラの『オブリビオン』も傑作アレンジだ。国松さんが公開している膨大な楽譜はクラシックギターの宝ものだ。)

2020年9月